うつつを抜かすの語源・由来
うつつを抜かすの「うつつ(現)」は、現実や本心、正気などを意味する。「夢かうつつか幻か」と言うように、夢や虚構などに対して使う語である。うつつを抜かすは、現実や正気が抜けた状態。つまり、意
うつつを抜かすの「うつつ(現)」は、現実や本心、正気などを意味する。「夢かうつつか幻か」と言うように、夢や虚構などに対して使う語である。うつつを抜かすは、現実や正気が抜けた状態。つまり、意
病膏肓に入るの「膏」は心臓の下部、「肓」は横隔膜の上部のことで、体の奥深いところにある。そのようなところに病気が入り込むと治療が困難になることから、治療しようもないほど病気がひどくなる状態を「病膏
血道を上げるの「血道」は、血の通う道のこと。つまり「血管」「血脈」を意味する。「上げる」は、頭に血がのぼるところからとも解釈できるが、ここでは活発にするという意味から、のぼせ上がることを意味するよ
メロメロは、鎌倉時代から見られる語で、現代よりも多様な用いられ方をしていた。鎌倉時代の語源辞書『名語記』には、薄い物を剥ぐ様子を表す語として「めろめろとはぐる」とあり、江戸時代の浄瑠璃では「めそめ
ぞっこんを古くは清音で「そっこん」と言い、1603年の『日葡辞書』には「心底」の意味で「ソッコンヨリモウス」の例が見られる。このことから、ぞっこんは「底根(そここん)」が促音化された「そっこん」が
首ったけは、名詞「首丈(くびたけ)」が転じた語。首丈とは足元から首までの高さのことで、はまり込んだり、夢中になるさまを「首までどっぷり浸かる」と言うことから用いられるようになった。近世前期の上
おとぎ話の「お」は、接頭語の「お(御)」。おとぎ話の「とぎ(伽)」は、話相手となって退屈を慰めたり機嫌をとったりすることで、側に寄り添う意味の動詞「トグ」に由来する。現代でこそ、おとぎ話は大人
どんなに上手に描いた餅であっても、見るだけのもので食べられないことから、「絵に描いた餅」とたとえるようになった。このことわざの出典は『三国志』魏志「盧毓伝」で、魏の文帝が「名声や評判というものは、
嘘の語源は以下の通り諸説あり、正確な語源は未詳である。関東地方では、近年まで「嘘」を「おそ」と言っていたことから、「軽率な」「そそっかしい」を意味する「をそ」が転じたとする説。漢字の「嘘」が、
有象無象は、仏教用語の「有相無相(うそうむそう)」に由来する。有相無相とは、現象と真理、姿や形を持つものと持たないもの全てを意味する言葉で、「相」は姿や形を意味する。「有相無相」から「有象無象
当たり前の語源には、二通りの説がある。ひとつは、「当然」の当て字「当前」が広まり、訓読され「あたりまえ」になったとする説。もうひとつは、分配される分を意味する「分け前」、取り分を意味する「取り
烏合の衆は、中国『後漢書』の出典による。「烏合」とは、カラスの集団のこと。カラスが集まっても、鳴いてうるさいだけで統一性に欠けることから、ただ寄り集まっただけの群衆のたとえとして「烏合の衆」が