八幡市の語源・由来
八幡市は、日本三大八幡宮の一社である「石清水八幡宮(旧称は「男山八幡宮」)」に由来する地名。石清水八幡宮は、平安前期に平安京鎮護のため、八幡総本宮の「宇佐神宮(大分県宇佐市)」から男山の石清水に勧
八幡市は、日本三大八幡宮の一社である「石清水八幡宮(旧称は「男山八幡宮」)」に由来する地名。石清水八幡宮は、平安前期に平安京鎮護のため、八幡総本宮の「宇佐神宮(大分県宇佐市)」から男山の石清水に勧
国分寺市は、奈良時代、聖武天皇の国分寺造営の詔によって建立された武蔵国分寺に由来する地名。現在、武蔵国分寺跡には、礎石だけが残っている。
マッポは「さつまっぽ(薩摩っぽ)」を略した言葉。「さつまっぽ」は薩摩国(鹿児島県)の人をあざけっていう語で、「さつまっぽう」とも言った。明治初期頃は、薩摩藩出身者が政治の中心で、警察官も同様に
ゲンジボタルの名前の由来は諸説あるが、源平合戦に勝利した清和源氏に由来する説が有力である。昔は、大形のホタルを「大蛍」「宇治蛍」「源氏蛍」、小形のホタルを「姫蛍」「平家蛍」と呼んでいたため、大きさ
情けないは、文字通り「情け」が「無い」で、本来は「思いやりがない」「薄情だ」の意味である。そこから転じて、「情緒に欠ける」「風情がない」を意味するようになった。更に、情けないは「情け容赦なく残
鎌倉末期に「板橋」で見え、平安時代末期には存在した地名といわれる。板橋の地名は、旧中山道と石神井川が交差する場所にかけられた「板の橋」に由来する説が定説となっており、当時、板張りの木橋は非常に珍し
ヘイケボタルはゲンジボタルに似ているが、小形で発光も弱いことから、源平合戦で敗北した平氏にたとえた名である。ゲンジボタルの由来は諸説あるが、ヘイケボタルについては、ゲンジボタルとの対比による命名と
杉並の区名は、江戸時代初期、成宗村と田端村の領主であった岡部氏が、領地の境界として植えた青梅街道沿いの杉並木に因む。この杉並木は明治前になくなったが、明治22年(1889年)の町村制施行時に「杉並
クロユリは、黒っぽいユリの形をした花を咲かせることからの名。はっきりとした黒色ではなく、実際の花の色は暗赤褐色~暗紫色である。また、ユリ科ではあるがユリ属ではなくバイモ属なので、ユリの一種とい
パーティーは、英語「party」からの外来語。partyは、「分ける」を意味するラテン語「partita」に由来し、「分割」「部分」を意味する「part」と同源。パーティーが「分割」の意味から
鎌倉の名は、『古事記』に「鎌倉之別(かまくらのわけ)」で見えるのが古い。地名の由来には、鎌は「かまど」、倉は「谷」を意味し、小高い尾根に囲まれた釜底状の土地を表している説。鎌が「えぐったような
ぶきっちょは「不器用(ぶきよう)」が変化した語。「ちょ(っちょ)」は、「太っちょ」や「先っちょ」の「ちょ」と同じで、名詞や形容詞の語幹に付いて「である者」「のもの」を意味する。