三島市の語源・由来
海に面していない三島市に「島」が付くのは、三島大社(現在は「三嶋大社」)の所在地であることが地名の由来になっているためである。『和名抄』に「伊豆国加茂郡三島郷」が見られるが、この「三島」は伊豆諸島
海に面していない三島市に「島」が付くのは、三島大社(現在は「三嶋大社」)の所在地であることが地名の由来になっているためである。『和名抄』に「伊豆国加茂郡三島郷」が見られるが、この「三島」は伊豆諸島
川口市は、1933年(昭和8年)、北足立郡川口町・青木村・横曽根村・南平柳村の4町村が合併して発足した市。市名は町名「川口町」に由来し、近世の宿名「川口宿」に基づく。川口は「川の合流点」のこと
東海市は、1969年(昭和44年)、知多郡上野町と横須賀町が新設合併して発足した市。市名は合併時の新命名で、市民から意見を募集し決められた。「東海市」「名南市(めいなんし)」「愛知市(あいちし
日高市は、1955年(昭和30年)、入間郡高麗村・高麗川村が合併して発足した「日高町」に由来する。日高の地名は合併時の新命名で、住民からの公募によって決定した。日が高く昇るという瑞祥地名。
半田の名は、順正寺の阿弥陀如来絵像の裏書きに「永正10年6月28日 尾州智多群坂田郷」とあるのが古く、「半田」と記すようになったのは江戸時代のことである。「坂田」の読みは「はんだ」か「さかた」かは
飛鳥期に「各牟群」で見え、『和名抄』には「各務群各務郷」とある。各務(各牟)は「鏡」のことで、上古に鏡(銅鏡)を製作した工人集団の「鏡作部(かがみつくりべ)」に由来するというのが定説となっている。
宇治の名は、飛鳥期に「菟道」で見え、『和名抄』に「宇治郷」とある。「うじ」は「ウチ(内)」の転で、紀伊郡の内側や、山で囲まれたところの意味と考えられている。
尼崎の由来となる「あま」は、出家して仏門に入った女性をいう「尼」ではなく、漁業に従事する「海人」のことで、尼崎は海人の住む州浜の崎の土地を表した地名である。平安末期から室町期の史料には、「海人崎」
別府の名は、鎌倉中期に「別符」で見え、江戸時代に「別府村」と記すようになった。別符とは、荘園の領主から土地税や年貢の納入を免除された特別区域をいう語。地名の由来は、現在の別府市街に、石垣荘の別
甲府は「甲斐国の府中」を略した漢語表現。府中(国府)とは、律令制で国ごとに置かれた地方行政府の所在地のこと。ただし、実際に甲斐国の府中があった場所は、現在の笛吹市御坂町国衙付近と考えられており
池田市の由来には、市内に現存する最古の神社とされる「伊居太神社(いけだじんじゃ)」に由来する説と、南北朝時代の豪族 池田氏に由来する説がある。時代的には池田氏よりも伊居太神社の方が古いが、この地が
町田は戦国期から見える。由来は諸説あるが、商家の集まる交通要地の場所を意味した地名と考えられている。その他、町田の由来には、「町」は田の区画を意味し、区画した田地の意味。「まち」は「集落」