ドジの語源・由来
ドジは近世中期以降に多く見られる語で、近世末期の『俚言集覧』には「鈍遅(どんち)」と関連付ける記述があり、「どんち」が転訛し「どじ(旧かなは「どぢ」)」になったとする説が有力とされる。その他、ドジ
ドジは近世中期以降に多く見られる語で、近世末期の『俚言集覧』には「鈍遅(どんち)」と関連付ける記述があり、「どんち」が転訛し「どじ(旧かなは「どぢ」)」になったとする説が有力とされる。その他、ドジ
大袈裟は、僧侶の着る法衣の袈裟に「大」が付いた語で、本来は「大きな袈裟」のことであった。おおげさの語源は、「大それた」や「大胆な」といった意味の「おおけなし(おほけなし)」と同源の「大気さ(おほげ
しょぼいは、「しょぼしょぼ」が形容詞化されたもの。しょぼしょぼは、現代でも無気力でしょぼくれたさまを表す言葉として使われるが、江戸時代には小雨が降り続くさまを意味した。小雨が降り続く状態は弱々
おじゃんの語源は、江戸時代に使われていた、物事が途中で駄目になる意味の動詞「じゃみる」で、その連用名詞形「じゃみ」に接頭語「お」が付いて、「おじゃん」になったといわれる。おじゃんと意味や音が似てい
はしょるは「端折る(はしおる)」が音変化した語で、元は着物の褄・裾を折り上げて帯などに挟むことを言った。端を折って短く縮める意味から派生し、省略することを「はしょる」と言うようになった。また、
ちぐはぐの語源には、「ちぐ」が「鎮具」で金づち、「はぐ」は「破具」で釘抜きを意味していたとし、金づちと釘抜きを交互に使っていては一向に仕事が進まず、何をしているのか分からないことから、「ちぐはぐ(鎮具
台無しの「台」は、仏像を安置する台座のこと。台座が無ければ仏像の威厳が無くなることから、面目を失うことや、形をなさないことを「台無し」と言うようになった。古くは、ひどくいたんで形をなさない意味
親切は、「親を切る」という意味ではない。親は「親しい」「身近に接する」という意味で、切は刃物をじかに当てるように「身近である」「行き届く」という意味がある。つまり、身近に寄り添い、行き届くよう
お灸用語では、最初にすえる灸のことを「皮切り」という。これは、最初の灸は皮が切られるような痛みを感じることからである。1603年『日葡辞書』では「最初の灸」と解説しているが、「皮切りが大事」の
話は、動詞「話す(はなす)」の名詞形で、古くは「雑談」をさした言葉である。かつては、国字の「噺」のほか、「咄」の字が「はなし」に当てられた。「咄」を「はなし」の意味で用いるのは、日本で生じた用
鷹揚の語源は、鷹が空を悠然と飛揚するように、何物も恐れず落ち着いているところからで、中国最古の詩集『詩経』からといわれる。ただし、日本には別語で「大様(おおよう)」があり、中世頃から、度量が大きい
迷惑は、漢字の通り、迷い惑うことで、どうしていいか分からなくなることを意味していた。昔は、その原因が自分自身の行為であっても、「迷惑」を使っていた。次第に、他人の行為によって自分自身がどうした