何事もほどほどが肝心で、やり過ぎることはやり足りないことと同じように良いこととは言えない。
良いと言われることでも、やり過ぎは害になるということ。
孔子が二人の門人 子張(師)と子夏(商)を比較して、「水準を越した師も水準に達しない商も、ともに十全ではない。人の言行には中庸が大切である」と説いた故事に由来する。
口頭では「猶」を省いて、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うことも多い。
何事もほどほどが肝心で、やり過ぎることはやり足りないことと同じように良いこととは言えない。
良いと言われることでも、やり過ぎは害になるということ。
孔子が二人の門人 子張(師)と子夏(商)を比較して、「水準を越した師も水準に達しない商も、ともに十全ではない。人の言行には中庸が大切である」と説いた故事に由来する。
口頭では「猶」を省いて、「過ぎたるは及ばざるが如し」と言うことも多い。