秋田県の語源・由来

久保田藩が郡名の「秋田」を使い「秋田藩」と改称したことに由来する。
古くは『日本書紀』に「齶田(あぎた)」「飽田」の名で見られ、天平五年(733年)の『続日本紀』で「秋田村」の名が見られる。
語源には、「あいた(「あい」が湧き水を意味し、「た」が場所を示す接尾語)」が変化し「あきた」になったとする説や、低湿地帯を意味する「飽田(あくた)」の転訛説、アイヌ語で葦の穂が生い茂るところを意味する「あき・たい」の転訛説、土壌が稲作に向かなかったことから「悪田(あくた)」の転訛説などがある。
秋田に「飽田」の文字が使われた時代もあるが、最も古い文献で「あぎた」が使われていることから、これらの説は考え難く、「あぎた」が転じて「あきた」になったと考えるべきであろう。
「齶田」の「齶」は「がく」と読み、歯がぶつかり合うさまを意味するが、「顎(あご)」と同系の文字として扱われる。
そのことから、秋田の地形をアゴに見立て、場所を示す接尾語「た」が付いて「あぎた」になったとする説や、高くなった所を意味する「あぎ」に場所を示す接尾語「た」が付き、「あぎた」となって「齶」の字を当てたとする説がある。

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