「横綱」の地位ができる明治時代までは、大関が力士の最高位であった。
古く、最上位の力士は「最手(ほて)」と称していたが、室町時代頃から「関(せき)」と呼ばれるようになった。
この「関」は「関門」のことで、関門を越える者がいないためという説が有力とされる。
「関」に最上位の意味で「大」を冠した語が「大関」で、近世に出現した語のようである。
「横綱」の地位ができる明治時代までは、大関が力士の最高位であった。
古く、最上位の力士は「最手(ほて)」と称していたが、室町時代頃から「関(せき)」と呼ばれるようになった。
この「関」は「関門」のことで、関門を越える者がいないためという説が有力とされる。
「関」に最上位の意味で「大」を冠した語が「大関」で、近世に出現した語のようである。