山勘は、「山を張る(掛ける)」「山を当てる」などの言葉と同時期の近世以降に見られる語で、第六感を「勘」と言うようになったのも同時期である。
山勘の語源には、武田信玄の参謀とされる山本勘助の略という説と、山師の勘の略とする説がある。
山本勘助の説は、彼が計略に長けていたことから、ごまかすことを「山勘」と言うようになったとするものである。
しかし、この言葉が使われ始めた時代と、人物の時代がずれ過ぎていること、山勘がごまかす意味で用いられるのは当てずっぽうよりも遅いこと、策略が優れていることから当てずっぽうの意味になるには、隔たりがあり過ぎることなどから考え難い。
山師の勘の説は、鉱山の採掘をする山師の仕事は当たり外れも多く、勘が頼りであることからというものである。
しかし、山師の略ということではなく、「山を張る」や「山を当てる」などと同じで、山が投機対象であったことから万一の成功・幸運を「山」と言い、それを狙った勘で「山勘」となったと考えるのが妥当である。
ただし、山師はペテン師の代名詞にもなっている言葉なので、他人をあざむく意味で「山勘」が用いられるようになったのは、山師に由来していると考えて良いだろう。